恐怖の幽体離脱《体験談》
金縛りになっていたある日…
十代のある時期、よく金縛りにあっていました。週に二、三回位だったと思います。
金縛りというと意識は覚醒してるのに体が動かない状態な訳ですが、そんな時に怖いものを見てしまったり、変な声や物音を聞いてしまったり…といった体験をする人がいるみたいですね。自分の場合は、そういった事は無くただ単に体が動かないだけなので、いつも気にせずにそのまま寝てしまっていました。
しかし、その日は違ったのです…
夏休みの、蒸し暑い夜でした。
朝から部活で汗を流し、午後は友人とプールではしゃぎ回り疲れ果てていたので、いつもより早く寝床に入りました。
当時の我が家は、昭和の日本家屋といったイメージそのままで、子供部屋も六畳二間の和室を襖(ふすま)で区切り、物を置いただけの雑な作りでした。
天井から吊り下げられた照明は四角い傘をかぶっていて、下からはリング状の蛍光管が剥き出し、輪の中心から紐がひょろっと垂れ下がっています。寝る時には、その紐をカチッ、カチッと引っ張って薄茶色の常夜灯にしていました。
布団に横になると手を伸ばして、扇風機のタイマーを3時間の目盛りまでひとおもいに回し、首の振りがちょうど良いのを確認してから目を閉じ、眠ります。
すると夜半過ぎ、金縛りにあうのです。
扇風機は首を振るのを止め、煩わしい羽の音はせず部屋の中は静まりかえっていました。田舎なので窓を全開にしていても、夜中は外からの物音も何も聞こえてきません。
(今日はだいぶ疲れたし、しょうがないよなー)と思いつつ、そのまま寝ようとしていると何やら聞き慣れない音が聞こえてきました。
…ぐわん、ぐわん、ぐわん、ぐわん、ぐわん
次第にその音が近づいてきて、大きくなっていくのです。さすがに怖くなり始めましたが、まだ金縛りの最中なので動く事はおろか、目を開ける事も出来ません。 そうして焦っていると今度は、体が小刻みに揺れはじめます。
(まずい!これは地震だ!)
そう思うと、地震が起ころうとしている時に身動きが取れない為、脳内はパニックになっていました。どうにか体を動かせないものかと四苦八苦してみたものの、どうにもなりません。 揺れもどんどん強くなっていきます。
そうして焦っていると、ふとおかしな事に気がつきました。
地震だというのに、家がきしんだり、物が揺れて鳴るようなガタガタといった音がしない。ぐわんぐわんと地鳴りのような音がしているだけ。そして、まるで自分だけが揺さぶられているかのように揺れている…
そのまま、何も出来ずにしばらく困惑していると、不意に音も揺れもピタッと止みました。
金縛りも解けたような感じがしました。身体の緊張感というか、強張りが無くなり、動かせるような気がしたんです。そして、目を開けてしまいました。
目を開けるとそこには…
部屋は常夜灯が点いているのでほのかに明るいはず。しかし、恐る恐る目を開けると、目の前は真っ暗です。 変だなとは思いましたが、パニックだった事もあり、とにかく明かりをつけたくて上体を起こそうとしたのですが、動かない。
上体だけでなく、手足の先まで動かないのです。
体は金縛りのままで、目だけ自由に動かせるという状態になっていました。一度、ホッとして落ち着きかけていた鼓動が一気に早くなり、また神経が張り詰めます。
唯一、動かせる目で、辺りを探ってみようとキョロキョロしていると視界の端にうっすらと部屋の光景が見えました。 でも何かおかしい。
見え方が変だ。
まるで立てかけた簾(すだれ)越しに外の景色をみているかのよう。
(でも簾より細くてなんだかゴワゴワしているな。)
そう思って、視線を目の前に移した時に気付いてしまったのです。
長い黒髪を垂れ、眼前で女が自分を覗き込んでいる事を。
しかも、その女の顔は
穴が開いたように真っ黒で目鼻も口もありません。
もし声を発する事ができたなら「ヒィィィィー!」とみっともない奇声をあげていたでしょう。
恐怖は最高潮に達し、声にならない声をあげることも出来ず、目を閉じてがむしゃらに身体を動かそうとしますが、更なる恐怖に襲われます。
確かに両目を閉じているにも関わらず、女の真っ黒な顔とその脇から垂れ下がる長い髪がありありと視えてしまうのです。
それでも目以外を動かすことは出来ず、もはや心臓は破裂してしまうのではないかという程に激しく波打っていました。
そして幽体離脱へ…
しばらく、そのままの状態が続きました。
5分か10分か、もっと時間が経っていたかも知れません。半ばヤケになりながら体を動かそうとしていると
ズズッ、ズズッ、ズズッ
と耳の奥で何か聞こえてきました。 綿棒で耳掃除をしている時に聞こえるような音です。
反射的に、目の前の女が耳に指を突っ込んできたのかと考えましたが、そうではありませんでした。
ズズッ、ズズッ、ズズッ、ズズズズズズズズッ
ズボッ?!
その音と同時に変な感覚に襲われました。まるで、深く積もった雪に埋もれた体を、そこから引き抜く時のような不思議な感覚です。
それと同時に、また体が自由になった感じがしました。そして女の顔も見えないのです。
やっと金縛りが解けたと思いながらも、さっきの事があるので慎重に、ゆっくりと、まずは手足の先から動かしてみました。
(あぁ動く、よかったぁ)
次に目を開けてみます。
女の真っ黒な顔はありません。わずかに光も感じます。だけども、まだしっかりと視界を得ることが出来ないのは、よほど強い力で目を瞑っていたからだと思っていました。
でもそれは、間違いでした。
自分の目の前には空間が広がっていると思い込んでいたから、遠くを見ていたんです。
ふとした瞬間に焦点が目の前にあるものに合いました。良く目を凝らしてみると
鼻先5センチの所に、見慣れた天井の木目模様があったんです。
ここまでくると妙に落ち着きを取り戻していて、そのまま下を見てみる事にしました。
埃を被った蛍光灯の四角い傘越しに、自分の寝姿が見えます。
さっきまであんなに怖い思いをして、今も奇妙な体験をしていると言うのに、眉間に皺も寄せずにスヤスヤと寝息を立てている自分の姿が、あまりに間抜けで滑稽でした。そして自分に覆い被さっている女も居なかったので安心しました。
何故か別の場所に行ってみようと思い、自分の部屋から洗面所へ向かおうとするのですが、ここで手足の感覚はあるけれど手足がなく、視界がはっきりしているだけだという事に気が付きます。
一体どうやって移動すればいいんだろう?
どうやって動くのかわからないけど、このまま移動して洗面所に行ってみたい。
移動の仕方が分からない。 でも洗面所の方に行ってみたい!
洗面所の方に行きたい!
と思っていたら、視界がほんの少しだけするすると洗面所の方に動いて行きました。
そう言う事かと合点がいって、洗面所の方へ行きたい!と強く念ずるのですが今度はうまく行きません。
色々と試みたところ、どうやら”行きたい”と強く念じると同時に、”実際にそっちに移動している自分”を強くイメージすると上手くいく事がわかりました。
すると視界が自分の行きたい方へ動いて行くんです。今でいうVR(ヴァーチャル・リアリティ)みたいな見え方です。
そうして洗面所にたどり着き、空中に浮いている視点から、見下ろすように眺めていると、どこを見ても我が家の洗面所であることに間違いありません。
固形石鹸が入れ物から落ちて、蛇口の下に転がり、手拭き用のタオルは床に落ちていますが、小さい弟が夜中に用を足しに起きて来たんでしょう。
(次はどこに行こっかな〜)
なんて考えていたんですが、
(でももし帰れなかったらどうしよう?)と思った瞬間にとてつもない焦燥感と恐怖に襲われました。
どうしようもない程その感情が自分の中で膨らんでしまい”戻りたい”と強く思うと、何故だかそれだけで背中を引っ張られるような感覚で後ろ向きに帰っていきました。
自分の体の上に戻って来ると、視線が下がりながら暗くなり、さっき抜け出した時と逆でスッポリとはまる感覚がありました。
意識は、はっきりとしたままです。今度は臆する事なく、ガッと目を見開くとそこには自分の部屋で寝転んだ時に見ているいつもの風景があるだけでした。
只の夢かと言われればそうかもしれません。 でも、目覚めた時の”ずっと起きていた感覚”は確かで、奇妙なものでした。
体を起こし虚空を見つめながら、何だったのかひとしきり思案しますが、(夢にしてはあまりにリアルすぎる)と感想が浮かんでくるだけで、その時は身に起こった事を上手く整理できませんでした。
そのまま起きていても仕方がないのでまた寝ようとします。しかし、寝汗をかき喉が乾いていたので、台所に行ってコップに注いだ水を飲み干しました。 帰り際、ついでに用を足しにトイレに寄って、洗面所で手を洗おうとすると、蛇口の下に石鹸が転がっています。
そして、足元にはフックから落ちたタオルがありました。
そこには空中に浮いている時に見た景色がそのままあったのです。
やはり金縛りの最中に、魂だけが体から抜け出てしまっていたのでしょうか…
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